おいしいそうなケーキ

「おいしそう」にしたつもりが「おいしいそう」だった

ジャニス・ジョプリンの百合 1968年ドイツにて

  

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  ジャニス・ジョプリンが好きです。

  彼女、滅茶苦茶かっこいいからです。あれだけかっこよくて、パワフルで、でも傷だらけで孤独なところにグッときます。

 

 

  


Janis Joplin - Piece Of My Heart

 

  こちらのライブ映像が今回の本題です。

  あまり詳しく知らないですが、ビッグ・ブラザー解散後の、コズミック・ブルース・バンド結成まもなくのヨーロッパツアー。フランクフルトでのライブだと思います。曲は『Piece Of My Heart』。

  

 

  このライブ映像、ちょっと凄いです。最初に見た時「百合じゃん」の声が出てしまいました。

  動画見たら言わずもがなですけど、これ百合じゃないですか?

   いくつかピックします。

  

 

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  まず1:21の場面。

  『Peace Of My Heart』を歌うジャニスが、「You know you got it if it makes you feel good」(あんたはそれができるのよ、そうしたいと思うんなら)の部分で、観客の女性の手を引っ張ってステージに上げます。

 

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  この困ったように指を噛む、観客の女性が主役です。

 

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  肩から大判の白いストールを羽織って、青いセーターを着ています。それと顔がいいです。なんとなく「クリス」という名前が似合うので、以降クリスと呼びます。

  

  「あんたはそれができるのよ、そうしたいと思うんなら」に答えてステージに上がるの良いですよね。この時点で既にグッときます。

 

 

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  そして重要な1:49の場面。

 クリスを腕に抱きながら、ジャニスが歌います。

  ここは本来、「But when you hold me in your arms, I'll sing it once again」(でも、あんたの腕の中にいると、あたしはやっぱり同じように歌っちゃうのよ)と歌うはずなんですけど、どう聴いてもそう歌っているように聴こえません。

 

  ちなみに僕のセンター試験の英語は100点を超えておらず、リスニングは17点です。

 

  自信ないですが、多分ここ「But I'm gonna show you, baby, that a woman can be tough.」(でも、あたしはまだあんたに見せたいのよ、ベイビー、女がタフになれるとこを)を歌ってませんか?

  これは一番のサビ前の歌詞で、多分これかな、と思うんだけど…リスニング駄目かな…

 

  『Piece Of My Heart』は雑に言って失恋した女の応援歌なので、彼女を腕に抱きながら歌うなら、後者の歌詞がしっくりきます。 

 

 要するに、こう見えるんですよ。

 「アンタ見てなさいよ。私達、タフなんだから

 と、忘れられない元カレに女二人で宣言しているように。

  

 

 場面は続いて、「come on」の繰り返しでジャニスに肩を揺すられます。ぐわんぐわんなるクリスがかわいい。これは動画にて必見です。

 

 

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  ずっと明後日の方向を向いていたクリスは、この部分で初めて、ジャニスの方に向き直るんですよね。

 

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  そして何かを手渡しつつ(タオル?)(手編み?)(たしかにストールを羽織る彼女は、どこか少女趣味の面影があり、手芸が得意でもおかしくはない?)、照れたようにしきりに自分の顔を手で撫でる。

 

  これ、萌えじゃないですか?

  

   クリス、美しすぎるんですよ。

 

 

  

  クリスについて考察してみるに、ライブ会場でストールを羽織っているのが奇異に思えます。

  それもジャニスのライブで、ストール。羽織りますか? ストール。12月(推定)のライブのため、寒い気持ちもわかりますが。

 

 

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  彼女はノリもあまり良くないですし、ステージ上で困ったまま仏頂をしています。

 

  恐らく、友人か何かの付き添いで来たのかな?と思いました。

  このヨーロッパツアー、「あのジャニスが新生バンド結成!」という感じで話題性があったはずなので、よく知らないけど流行りに乗って付き添いでみたいな客も多いと思うんですよね。ロンドンの最終公演は速攻でチケット完売してますし。

 

  あるいは単純に騒ぐのが苦手だけど、ジャニスのことが本当に大好きだからライブ会場に来た。

 

  後者もだいぶ魅力的な百合ですね。

  ちょっとクリスがかわいすぎるきらいがありますが。

 

  でも僕は前者であって欲しいんですよ。

  その上で、ジャニスと思いっきり愛し合ってほしい。

 

  だって、ジャニス・ジョプリン×百合って、ものすごく合います。

  大学時代は一時期、本当に女性と交際していたようですが、スターになってからの彼女の話です。

  

  ジャニスは傷だらけの女性でした。

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  常に男を追い求めていて、恋人は何人できてもどれも長く続かず、学生時代はいじめられていました。スターに成り上がり、同窓会に報道陣を引き連れて乗り込んだものの、全員がジャニスを無視した、というエピソードは映画『ジャニス・リトル・ガール・ブルー』でも凄惨に描かれています。

 

 

  そんな彼女が、ライブ会場で偶然見つけた女性をステージに引っ張りあげて、「でも、あたしはまだあんたに見せたいのよ、ベイビー、女がタフになれるとこを」なんて腕に抱いて歌って、それなのに観客の女性が、誰かの付き添いで来たちっともファンじゃない人だなんて、報われないと思いますか?

 

 だけど、そういう人間が、ジャニスのカップリング相手として一番グッとくる。

 

  と言うのもジャニスって、ライブ中は最高のロックスターなのに、一度それが終わればただの孤独な女

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  というのを気に病んでいました。

 

 そんな精神的に孤独な彼女だからこそ、ちっともファンじゃない女性とのカップリングが一番最高じゃないですか。

   

 

  スターとしてのジャニスなんて興味ゼロの、ありのままの彼女を愛してくれる女性。

  家に帰ってライブの打ち上げ話を語るのを、つまんなさそうな相槌で聞く女性。

 「そんなことよりも。明日は暇なんでしょう?」  

  彼女と一緒のショッピングの方が、とびっきり楽しみな女性。

 

  これです。

 

  まあ あんまり知らないのに好き勝手書いて、間違っているかもしれませんが。

  自分が産まれる前に死んでる人間の人格なんて、バイアスのかかったメディアでしか知りえないので、いくら知っても知った気にならなくないですか?

  

  とりあえず、僕の中のジャニスは物凄く百合の似合う女性なので、いつか彼女がモチーフの百合を、『楽園』でお願いします。鶴田謙二先生。

  鶴田謙二先生の描くジャニス・ジョプリンが見たいからです。あとクリスも。

 

  

 なお今回取り上げた百合ライブですが、Amazonプライムビデオで見放題です。

 

ジャニス [DVD]

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 「ジャニス」で検索すると出てきます。

 問題の百合映像は1時間28分頃です。

 舞台裏インタビューもライブ映像も高画質でありつけるもの。YouTubeの比じゃないね、これ。

 

 

  また、ドキュメンタリー映画『ジャニス・リトル・ガール・ブルー』ですが、こちらは残念ながらプライムビデオ見放題対象外です。

  300円でプライムレンタルできるので、1回ビールを我慢してレンタルすればいいと思います。酒飲んでじゃねえ、オタクの癖に

 

  

 ところで、あの白い大判ストールの彼女は、ジャニスが27で死んだ日、どんな気持ちだったのでしょうか。

  どんな表情だったのでしょうか。

  その夜は何を食べたのでしょうか。

  彼女の部屋には今でも、ジャニスの遺作『PEARL』が飾ってあるのでしょうか。

 

 

~fin~

 

 

PEARL

PEARL

 

 

 

ギャル文学こと『一期一会』にオタクはハマる、確実に

 

  『一期一会』をご存知ですか。

  タイトルをご存知でなくとも、目にしたことはあるかもしれません。

 

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  これです。

 

  所謂「ウチら」にポエムが添えられた、オタクにはひとつも馴染みのない文学。ですがこれが凄いのです。

  いちいち叫びだしたくなるくらい良いです。

 

  先日、大阪のオタクと会った際、この『一期一会』が阪大の理系オタクの間でブームになっていることを知り、恐る恐る僕も目を通したのですが、完璧にやられてしまいました。

  『一期一会』、本当に凄いんですよ。勝手にギャル文学と呼んでいます。

 

  少しだけ、その傑作の数々を紹介します。

  

 

 

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  いっぱいかわいくなりたいから、おしゃれを楽しむ時間がいーっぱい必要なのだ!!

  とてもかわいい内容。女子高生が「かわいくなりたい!」と言うだけでときめいてしまいます。

  

  このポエムで凄いのは「おしゃれに費やす時間」ではなく、「おしゃれを楽しむ時間」と表現されているところ。

  かわいくなるために必要な時間は、辛く険しい苦行でなく、楽しい時間。目標を達成する過程は楽しむもの。

  これって本質じゃないですか。『一期一会』人生論じゃないですか。多分『ARIA』で同じこと言ってた。

  それも皆まで言わずに、ほのめかしてくるんですよ。『一期一会』にはそういうところがあります。

  

 

 

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 どこか切ない帰り道。夕陽を受けて地面に伸びた影に、ふと実感する。1人じゃないことを。

  これ情緒じゃん。

  伝える言葉が「アンタが親友でほんとによかった」なんて赤裸々なのも、気取ってなくて凄くいいです。ギャル文学の真骨頂です。

 

 

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  「何か」ってなに〜〜〜〜〜!???

  

  『一期一会』 は凄いので、実直な言葉を並べていたかと思いきや、「恋がはじまった」なんて野暮なことは言わなかったりします。

  突然「何かがはじまった」なんて目にして、気になって夜も眠れなくなってしまいました。

 

 

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  人という字は~の格言?を言い換えたような感じですが、「人間は必ず半分で産まれてくる」と断言するところ、強いです。

  「支え合って生きるの推奨です」とかでなく、「人は生まれながらにして不完全で、1人も例外がない」って言ってますよね?

  透き通った白い肌の美しい、いつも一人で素っ気ない、声をかけたら割れてしまいそうなクラスメイトの彼女だって、本当は話しかけられるのを待っているんですよ。誰かと一緒に生きたいんですよ。

 

 

 

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  ……それだけのことなんだけどネ。

 

  ほのめかしが良すぎる。

 

  話し言葉で書かれたポエムが、まるで女子高生が自分に語りかけているように感じられますが、全ては語ってくれません。大切な部分は胸に秘めたままで終わりです。

 

  絶叫してもいいですか。

 

 

 

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  雪を見るだけで思い出す出会い、ありますか?

  雪が降るような出会い、経験したことありますか?

  

  ギャルにとって、雪が降るのも人と出会うのも同じことなんですよ。

 

  『フリップフラッパーズ』は、「雪は食べると甘い」と言いました。

  『ゆゆ式』は、「雪は死んだ動物の記憶」と言いました。

『一期一会』 の、「雪は出会いを思い出す」。

  この三つを雪の三大童話と呼びます。

  

 

 

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  脳天を殴られた問題作。

 

  基本的にオタクは「かわいい女の子」になりたいじゃないですか。でも、ここではオタクが憧れるかわいい女の子が「女の子がカッコよくてもいいじゃない」と言うのです。

  それにより、女の子=かわいいの定義が崩れて、果たしてオタクが「かわいい」になりたいのか、「女の子」  になりたいのか投げかける、根底を覆したちょっと凄い一石なんですよ。なんですよと思いました。

 

 

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  声をかける勇気はないから早起きだけは頑張る女の子、どうですか。絶対にかわいい

  青春の真っ只中で、報われるかどうか瀬戸際のギリギリ意味があると思われる努力を続けるの、健気すぎて、アスファルトに芽吹いた蒲公英のようです。

 

 

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  間違いなく『一期一会』史に残る傑作の一つ。

 

 こんなの哲学じゃないですか。『少女終末旅行』で読んだ気がしてきた。

  「なんかとっても嬉しかったんだ」という漠然とした感情なのが好きです。ギャル文学は気取らない。

 

 

 

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  『一期一会』は基本的に日々を前向きに肯定するポエムばかりなのですが、これだけは違います。これだけは感傷的なのです。

  そして、感傷の内容があまりに僕にクリティカルで、「わかる〜〜〜〜!」と絶叫。後に息を引き取りました。

 

 明るいはずの『一期一会』 が、「ほんとはね、大人になんてなりたくないんだ」なんて笑顔を添えて言ったら、天真爛漫なクラスメイトが「私だって、悩みくらいあるよ」とぽつり漏らしたみたいで恋してしまいます。

 

  大人になりたくないね。

 

 

 

 

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  まだまだ言及したりないどころか、本当は余すところなくコメントをつけて紹介したいのですが、何せ全部で148個もあるので、これくらいにしておきます。

 

  『一期一会』は全部公式サイトで公開されているので、興味を持った方は読んでみてください。下記リンクです。

 

http://www.mindwave.co.jp/character/product/ichigoichie/index.html

  

 

 ところで、 『一期一会』の対象顧客はギャルじゃなくね?と言うのやめてください。ギャルだって『一期一会』好きだっつーの。ウチがかわいいの好きで悪い? ばーか。

 

『一期一会』を平成で終わりにしないで。

 

 

 

一期一会 だれでもオシャレ。: ストーリー&ファッション

一期一会 だれでもオシャレ。: ストーリー&ファッション

 

 

 

手術のために入院することになった

 

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  表題の通りの近況です。

  7月末に入院します!

 

  過労とかではなく、6年前から原因不明の胸の詰まりに悩まされ、2年に1回胃カメラをしていたのですが、6年目、3回目の胃カメラにしてようやく病気の正体が分かったので手術しよう、という話です。

 

  僕が患ったのはアカラシアという病気で、アカラシアが発症する原因は謎とされています。胸の詰まりの原因は分かったのですが、原因の原因が分からないという鵺(ぬえ)のマトリョーシカに陥りました。要するに謎の病です。

 

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  「謎の病」を患った!というだけでもテンション上がってしまうのですが、ここからが本当のテンションの上がりどころです。

 

  このアカラシア、治す手術が「ポエム」という名前らしいのです。

 

  ポエム。

 

  スペルにしてpoem。

  詩です。

  ガチでpoemね。

 

 

 

  こんな『フリップフラッパーズ』みたいなこと、本当にいいのか?

 

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  だって、謎の病を治すためにポエムが必要だなんて、考えたこともなかった。手術に名前がついていることも知らなかった。未だかつて、ポエムを身体に取り込んだ詩人いますか?

  詩人ですらない僕のような者が、ポエムを処方されるなんて……そんなの…嬉しすぎる!

  

  平成最後の夏。

  冷房の効きすぎた白い病室。開け放すと聞こえる蝉の声。ベッドで横になり、床に降り積もる埃を眺める僕。その身体は、詩を待ちわびているのです。

 

  実質『フリップフラッパーズ

  あるいは、道満晴明先生の短編のようでもあります。

 

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  お医者さんから「ポエムっていう手術なんですけど~」と説明された時点で、思わず「ポエム、やりましょう」と即答していました。このシチュエーションのために生きてきたとも思えます。

 

  骨折ひとつしたことがない健康優良児なので、一度入院してみたかった、というのと、お仕事を休める、という要因があり、なかなか嬉しい気持ちがあります

 

  ポエムを待っている僕が、病に犯された色白い少女と友達になり、「元気になったら海に行こう」と指切りする展開はありますか?

  彼女は生まれついて身体が弱く、外の世界をまるで見たことがないから、嬉しそうに微笑む展開はありますか?

  しかし彼女の病態は一向に回復せず、先に退院した僕が頻繁にお見舞いで訪れる展開はありますか?

  訪れるたび祈りのように、彼女へ詩を読み聞かる展開はありますか?

  「僕みたいなどうしようもないヤツは元気になって、なんで彼女が」と思うと、悔しくて抑えきれない涙が彼女の口元に零れ、「まるで海みたいね。塩辛いもの」と笑う展開はありますか? 

  一度も外へ出たことのない彼女が、初めて海を感じるのが涙だなんて、そんなのあんまりじゃないですか?

  僕は今後の人生を彼女の笑顔に捧げることを誓うし、それはとても幸せなことではないですか?

  ひょっとして僕は、不謹慎なことを言っていますか?

 

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  実際のところ、ポエムにも大量出血とか最悪とか、リスクはある(リスクのない手術ってありますか?)のですが、別にポエムで死ぬなら良くないですか?

  死因:ポエム なら最高の死じゃないですか?

  人はポエムで死にますか?

  伊坂幸太郎さんの『オーデュポンの祈り』という小説に、詩をピストルに込めて撃ちたい青年が出てくるのですが、この話は絡められそうで絡められなかったので忘れてください。

 

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 ただ、書きながら気づいたのですが、詩=し=死で、滅茶苦茶不吉なネーミングだなと思いました。

  「Per‐Oral Endoscopic Myotomy」の頭文字らしいので、一概に詩ではないんですけど、ちょっと怖くなってきた。

 

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  僕だってポエムで死ぬのが本望という訳ではなく、ポエムを処方された後の身体がどんななのか気になりますし、ポエムを身に湛えて生きてみたいとも思う。

 

  それと、8月が終わる頃にはお仕事もようやく辞められるので、なかなか楽しみが多いです。

 

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  最高の夏、きた。

  純白の夏、きた。

 

  皆様に置かれましては、無病息災を!

  最高の夏を!

  愛を!  インターネットを!  死を!  巨頭オ!

 

 

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  ところでみなさんの自称社会不適合を治すための手術は、「ツイート」という名前らしいです。

  こういうの最後に付け加えると、今まで書いたの全部嘘みたいになるからやめたほうがいいな。

 

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かおす先生らしさ

 

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  『こみっくがーるず』11話、萌田薫子さんこと女子高生漫画家かおす先生の誌面掲載が!ついに!決まりました!

  おめでとうございます!!

  今後とも繁栄と躍進を心より願っています。

 

  ここのところお仕事が忙しく、『こみっくがーるず』の放送時間に帰宅が間に合わないため、まだ11話しか見れてません。

  Twitterで最終話についての記述も目にする中で、11話について書き連ねることをご了承ください。

 

f:id:sasatanwwwww:20180624221455j:imageこれはご了承を請う場面で使えそうだと思っていた、かおす先生の画像です。

 

 

 

  11話において、担当編集の編沢まゆさんが言っていた台詞、「自然体のかおす先生らしさが出ていると思います」。

 

 

  この「かおす先生らしさ」というのが、僕の認識していた「かおす先生らしさ」とは異なっていたので、違和感を覚えました。

  かおす先生らしさって何。

 

f:id:sasatanwwwww:20180624224933j:image「魔眼…あるんじゃないんですか」の場面、かおす先生の意外性があって本当に好きです。

 

 

  なお、この記事で触れる「かおす先生らしさ」とは、かおす先生の"人格"についてではなく、「かおす先生の描く漫画」についての「かおす先生らしさ」、かおす先生の漫画における持ち味です。

  作中の文脈的に、漫画のことを指した「かおす先生らしさが出ている」という台詞だったからです。

 

  ちなみに、「なお、この記事で触れる~」から「~台詞だったからです」の部分は、終盤で覆るので覚えておいてください。

  

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世界の終わり編

 

  『こみっくがーるず』1話「アンケート ビリですか!?」における、担当編集編沢まゆさんのかおす先生の評。

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「この子はメンタルが弱すぎる。でも独特のセンスはある。だけど1人じゃ続けられない」

 

 

  『こみっくがーるず』8話「わんにゃんにゃんわんまつり」における、かおす先生の漫画についての手がかり。

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  「まゆの漫画面白い。本人の意図しないところで笑えるよね

「なんか、かおすちゃんの漫画と似てる?

  

  

    この2つのエピソードを踏まえて僕が認識したかおす先生の漫画の持ち味は、「よく分からないけどシュールで笑える」。

  『彼岸島』のような天然で変に笑ってしまう作品、あるいは『孤独のグルメ』のような独特の魅力がある作品、だと考えていました。

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(参考画像:『彼岸島』)

 

  しかし、11話で編沢まゆさんが「かおす先生らしい」と称した漫画は全く違います。

 

  それは、女子高生4人が仲良くふわふわした日々を送る、所謂みなさんが言うところの日常系作品。

 

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  右のクレープを食べるくだりと、左の水着のくだりの脈絡が読めませんが、確かにこれはふわふわしそうです。

 

  以下、編沢さんの評価を書き起こします。

 

  登場人物が凄くイキイキしていて、何よりかわいい。

  余計な設定や小細工がなくて読みやすい。

  力が抜けて、自然体のかおす先生らしさが出てる。

 

 

  「かおす先生らしさ」ねえ……。

  

 

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  かおす先生の同人時代のファンからすると、こちらの方がかおす先生らしい作品なのでは?と思ってしまいます。(かおす先生の同人時代からのファンではない)

 

 

  ですが、かおす先生のことを見守り続けてきた編沢まゆさんが、「この漫画がかおす先生らしい」と言うのです。間違った認識をしているのは絶対に僕の方なのです。

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  「3ヶ月『こみっくがーるず』を見た程度で、かおす先生のことを分かった気になるなんて。本当にオタクはバカでマヌケですね」と、編沢まゆさんにかおす先生の彼女面をされてしまいました。

  

  「じゃあ、編沢まゆさんの考えるかおす先生らしさって何なんだよ」

  僕がムキになって言うと、彼女はため息をついて懐から拳銃を取り出します。

  「それを考えるのがあなたの仕事です

  太陽が西にどっぷりと沈み込む寸前に、世界赤く染め上げる。僕達は夕陽に包まれて短く言葉を交わした。

  「かおす先生のことを本当に分かっているのは僕だけだ」

  「ですからもっともっと、よく考えてください。『こみっくがーるず』と真面目に向き合って。さよなら

  編沢まゆさんがきゅっと引き金を握りしめる。鉛玉は勢いよく飛び出して僕のを貫いた。人生の最後に交わした言葉が、『こみっくがーるず』についてで本当に良かったと、切実に思う。

 

  それでは新世界創造編に突入します。

 

 

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新世界創造編

  

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  左が『こみっくがーるず3話時点でのかおす先生の漫画。

  右が『こみっくがーるず11話時点でのかおす先生の漫画。

 

  とても雑なコラージュで申し訳ないのですが、その成長が見て取れると思います。

  天丼だった構図が改善して画力も上がり、本当にいい漫画になりました。漫画について詳しくないので偉そうなことは言えないですが…

 

f:id:sasatanwwwww:20180624230501j:imageちなみにこれは、koi先生の描くクレープを食べようとする女子高生です。

 

  かおす先生には、作中で指摘された欠点がいくつもありました。

  ・絵が下手

  ・キャラが萌えない

  ・ストーリーがつまらない

  ・女子高生にリアリティがなさすぎる

……

 まだまだありますが、1話の冒頭ではこれらが耳に残りました。

 

  欠点は大きく分けると2つに分類できます。

 

技術問題

(絵が下手、話の作りが下手、キャラが萌えない)

 

経験問題

(リアリティがない)

 

  これらをかおす先生は頑張って改善していきます。偉い。

 

f:id:sasatanwwwww:20180624222707j:image尊い;;

  

 

 

  しかし、努力で改善できるのは技術問題のみです。

 

  「リアリティのなさ」に関しては、4人で過ごす日々の中で、経験を重ねて少しずつ培われていきます。

 

  これはかおす先生の長所なのですが、インプットおよびアウトプットがとても素直です。

 

  例えばクレープを食べたらクレープを食べた感動をすぐに漫画にしてしまいますし、体育のあとにスポーツ漫画を描いているシーンもありました。

  f:id:sasatanwwwww:20180624222848j:image(4話「くんずほぐれつランデヴー」のダイジェストシーンより)

 

  「猫とか虫しか話し相手のいないかおす先生は、人と話した方がいい」という理由で、入寮を勧めた編沢まゆさん、本当に出来る編集さんだと思います。

  かおす先生は日々の生活から、みるみる女子高生らしさを吸収していきます。

 

 

  画力とリアリティ。

  この二つを手に入れたかおす先生は、完璧な女子高生生活漫画を描きあげました。

  そこに、変な面白さはありません。

「かおすちゃんの漫画に似てる」編沢まゆさんの漫画にはあった、

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こういう本人の意図しないところで笑える箇所は皆無です。だってこれは、リアリティの無さからくる欠点ですよね。

 

  つまり、僕の認識していた「かおす先生らしさ」というのは、改善されるべき欠点だった、という話なのです。

  「独特のセンス」も、「作者が意図しないところで笑える」のも、かおす先生の経験のなさ故の常識?のズレから生じてくる問題。

 

  では、これとは別に「かおす先生らしさ」があるのでしょうか。

  欠点も立派な個性です。ですが、その欠点が改善されるということは、個性が消失するも同義なのでしょうか。

 完成した漫画に、「かおす先生らしさ」は残っているのでしょうか。

 かおす先生らしさってなんだ?

 

 

  「もっともっと、よく考えてください。真面目に『こみっくがーるず』と向き合って

  編沢まゆさんは言います。

  だけど僕にはかおす先生らしさが、なんだか分からなくなってきました。

もっともっと、よく考えてください。真面目に『こみっくがーるず』と向き合って

  僕には分からない。何も分からない。

  気がつくと辺りは夜の闇に包まれて、撃たれたはずの僕は芝生で横になっていた。

  割れるようなが鳴り、星がひとつ消える

もっともっと、よく考えてください。真面目に『こみっくがーるず』と向き合って

  僕は分からない。『こみっくがーるず』が何か分からない。

 が鳴り、また星がひとつ消える

もっともっと、よく考えてください。真面目に『こみっくがーるず』と向き合って

  僕はいよいよ泣き出してしまう。頬を伝う涙も、流れた傍からを立てて消えていく

  星がひとつ消える。またひとつ。もうひとつ。やがて世界は真っ暗で、僕も編沢まゆさんもいなくなる。

 それでも柔らかな芝生はたしかに背中をくすぐり、夜の闇は暖かい。編沢まゆさんの言葉がうっすらと光る。

もっとよく考えて。あなたは最初から間違っているのです

 

  次章、完結です。

 

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  還ろう旧世界編

 

  結論から言って、僕たち視聴者には提示されている原稿の数が少なすぎて、かおす先生の描く漫画における、「かおす先生らしさ」を見出すことが極めて難しい。かと言えば、そんなわけはなく、全く結論から言ってませんでした。

 

 

  前章で、  「かおす先生はインプットとアウトプットがとても素直」と書きました。

  かおす先生は経験したことをそのまま書き上げるのです。

 

  そんなかおす先生が書き上げた漫画

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コミックガールズ

 

これが出来るの、当たり前じゃないですか。

 

  素直なかおす先生だから、『こみっくがーるず』のような生活を送れば、極めて『こみっくがーるず』的な『コミックガールズ』が出来上がるのは当然です。

 

  つまり、出来上がった漫画にはかおす先生の生活が如実に反映されているわけで、僕達は『こみっくがーるず』を視聴することで、「かおす先生らしさ」を逆算することが出来るのです。

 

 

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  原稿を見ても分かります。

  小夢ちゃん、琉姫ちゃん、翼ちゃん、自分の4人をモチーフにしたキャラクターを描いて、かおす先生が体験したことを、そのまま書き起こした、ほとんどエッセイみたいな内容になっています。

  クレープの大きさ、とろけるような舌触り、波飛沫のきらめき、潮風の匂い、4人の個性的なキャラクター。それらは全部かおす先生が自身で経験したかおす先生自身の感動かおす先生のクオリア、圧倒的な「かおす先生らしさ」なのです。

  

  最初から「漫画におけるかおす先生の持ち味」と「かおす先生の人格」を分けて考えるから分からなくなるのであって、『コミックガールズ』において、漫画と人格は同一でした。

  編沢まゆさんの言った「かおす先生らしさ」とは、かおす先生の全てを包括した言葉でした。

  かおす先生にしか描けない『コミックガールズ』。

  こんなの「かおす先生らしい」以外に言葉があるわけがない。

 

  たどり着いてみれば簡単なことなのに、僕はこの結論にたどり着くまで5時間くらい考え込んでいるわけです。分かって嬉しかったから書き残しておきます。

  

  きっと、『コミックガールズ』内で描かれるかおす先生は、明るい笑顔で友達と仲良く過ごすかわいい女子高生だと思います。

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   僕たちの見てきたかおす先生とは、ちょっと違うかも知れません。

  でもそれは嘘をついているわけじゃない。 

 

   かおす先生がこの一年間で成長した証。

  明るい笑顔で友達と仲良く過ごすかおす先生だからこそ描ける、今のかおす先生の姿です。

 

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  かおす先生は偉い。偉くて凄い。

 

  ですが、かおす先生が手の届かないところに行ってしまうようで寂しくもあります。

 

その寂しさは、足を引っ張りたい気持ちです

  編沢まゆさんは言います。

あなたは頑張るけど報われない、頑張ろうとするけどアニメを見てしまうかおす先生が好きなんでしょう

  僕は何も言うことが出来ない。

あなたは不幸で報われないかおす先生のことが好きなんでしょう

  僕は何も言うことが出来ない。

あなたも何か、頑張ってみたらどうですか

  僕は何も言うことが出来ない。

せめて、仕事を辞めても自殺しないで、生きることくらいは頑張った方がいいと思いますが

 

僕は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インターネットに初めて泣かされた話

 

 

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  女子高生漫画家かおす先生こと萌田薫子さんが、何らかの不幸に直面した時に、諦めたように暗い言葉を饒舌に並べるのが好きです。

  ちなみに、これは関係ない導入文です。

 

 

 

 

  インターネットで泣いたこと、ありますか?

 

  『消しゴムをくれた女子を好きになった』を読んだ時、とかではなく、もっとこっ酷く、悪意を持って泣かされた経験

  僕はあります。聞いてほしい。

 

    僕がインターネットに初めて泣かされたのは小学3年生(?)もしくは2年生の時でした。

  当時の僕は『イルカの子ディロのぼうけん』という本を読んで純粋な涙を流す、本当に心優しい天童だったのですが、インターネットは当時から邪悪でした。だから怖くて泣かされてしまいました。

 

 

イルカの子ディロのぼうけん

イルカの子ディロのぼうけん

 

  悲しい話だったと思います。本を読んで泣くのが恥ずかしいので、炬燵に隠れて泣いていたのを覚えています。



 

 

  それはある夏祭りの前だったと記憶しています。

  僕はインターネットで、ゲームの攻略サイトを探していました。『ゼルダの伝説 時のオカリナ』です。

 

 

ゼルダの伝説 時のオカリナ

ゼルダの伝説 時のオカリナ

 

他の記事でも触れていますが、本当に好きだった。

 

ゼルダの伝説 時のオカリナ』  、面白いんですよ。ハート3つBボタンZボタン禁止縛りまでは達成した覚えがあります。

  この当時から愛用している、オススメの攻略サイトがあるのでurlを貼ります。

 

ゼルダの伝説 時のオカリナ 攻略大宝庫』

http://zelda.daihouko.net/oka/

 

  『ゼルダの伝説 時のオカリナ』の攻略に役立てて下さい。

 

 

『ぜるりんぱR』

http://www.geocities.co.jp/Playtown-Toys/9941/01000zel-top.htm

 

  こちらは本当に悲しいのですが、今は閉鎖してしまったゼル伝関係の大好きな二次創作サイトです。

  たしかに去年までは存在していたのですが、今はもうないのです。

  トップ画面に残された、笑顔の「またね」が、まるで小学生の放課後みたいで、「インターネットの最後ってこんな感じなのかな」としみじみ思ってしまいます。

 

 

『ねぇっすの任天丼』

http://gusyabou.sakura.ne.jp

 

  少し変わって、『MOTHER』系の二次創作が主のサイト。まだ存在しています。お盆になる度に、爆死した、あるいは世代交代したゲーム機の墓を参りに行く、というネタが定番となっています。

 

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  最後の「お盆」更新は2011年の3DS。あまりゲームに明るくないのですが、3DSって爆死なんですか?

 

  当時から二次創作に理解のあるオタクだったので、このあとに『東方Project』に嵌り込むのは当然の成り行きです。

 

 

  ………と、無限に思い出話が出来てしまうくらいに、インターネットにはたくさん楽しいサイトがあり(あった)僕はとにかく掘り進んでいました。

 

  その足取り軽やかに、怖いものを知りません。愛と平和がインターネットの全てと信じて疑いませんでした。

 

   その日も、インターネットの奥地へと着実に進んでいきます。

 

  しかしインターネットは入口こそ明るいのですが、歩を進めるにつれて段々と薄暗くなってきます。そのことに気が付かない僕は、勇ましい行進を続けます。

  気がついた時にはもう遅いのです。

 小学生に見えない透明の毒蛇は、既に足元でとぐろを巻いていたのですから。

 

 

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一記事一回はシャロちゃんの画像を貼るよう心がけているのですが、回を重ねる毎に画像の挿入に脈絡がなくなっています。今回も脈絡はありません。

 

 

  深いインターネットの暗がりで、僕はを発見します。いや、壺ではあるのですが、でした。掲示です。

 

  インターネットにある掲示板といえばアレのことです。幸いなことに「あやしいねっと」ではありません。2ちゃんねるです。

 

  当時の僕に備わっている2ちゃんねるの知識といえば、電車男と、面白フラッシュ倉庫で見る、AAのキャラクターたちです。

 

  僕は何故か「さいたま」がお気に入りで、友達のYちゃんにひたすら「さいたま」と言い続けていたのですが、

「『さいたま』ってずっと言ってると、『さいたま』しか言えなくなるよ。私の従兄弟も『さいたま』しか言えなくなって入院してる

と大嘘をつかれて怯えました。それ以来、今に至るまで「さいたま」について言及したことはありません。

 

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(参考画像:さいたま)

 

 

  しかし今思うと、友達のYちゃんは最悪の嘘つきでした。「私、あんたの事が嫌いだから」と常に僕に向かって言っていて、卒業式では「やっと離れられてせいせいする」とまで言われています。今ではメンタルを病んで自殺してしまったのですが、それでも遺書の最初の一言は、「オタクくんのことが、ずっと好きだった」ですからね。本当に最悪の嘘つきです。この段落のエピソードは全部嘘ですが。

 

  話を戻すと、僕が2ちゃんねるを見たのは、この小学生の夏祭り前が初めてです。

    感想としては「意外とAA少ないな」です。

 

  この時に読んだスレの内容は全く記憶にありません。そのあとの印象が強すぎて、全部消滅してしまいました。恐らく「エロパロ」を読んでいたわけでは無いと思う。

 

 

  

  さて、掲示板の退屈なスクロールを繰り返すうちに、僕の目はある長々としたレスに止まりました。

  文脈の中で、不自然なくらい長いレス。

  止まるはずのない場所で"止まらされる"悪意。

  そう、アレです。

  「このレスを見た人は死にます」です。

 

  それは典型的な不幸の手紙メソッドで、「これを見たら一週間後に死ぬ(!)よ。でも同じ文面を五つのスレに書いたら助かるよ」という内容でした。

  僕も知識としては、こういう下らない戯言があると知っていて、「あんなの嘘じゃん」と子供心に思っていたのですが、現実としてそこにある「不幸のレス」は、僕の「嘘じゃん」を揺るがすインパクトがありました。

 

   「死にます」って……「不幸になる」とかじゃないのかよ。ヤバイ。それは予想してなかった。

  多分「不幸になる」くらいだったら、曖昧だし面倒臭がりな性分なので、別にいいよと思うのですが、「死ぬ」って、回避しないとダメじゃん、と思いました。

 

  しかも加えて恐ろしいことに、命令に従わなかったがために死んだ、犠牲者の名前が羅列されているのです。

  冷静に考えて、「犠牲者の名前をなんで知ってるんですかっ」で終わりですが、小学生の僕は「犠牲者の名前が書いてある。これってよりによってホントじゃん」という思考回路でした。

 

  それなので、自分の命惜しさに、違うスレに同じ文面を投稿しようとします。

  コピー&ペーストも知らずにインターネットをやっていますから、当然一から手入力です。また、タイピング速度も今の比ではなく遅いので、三行打つのに十分とかかります。

  それだけなら、時間さえあればいつか達成出来そうなものですが、最悪なことに、小学生には読めない漢字があって詰みました。

  犠牲者の名前羅列部分の、三人目の名前が全然読めないのです。

   その瞬間の感情は「え、ヤバい。死ぬじゃん」でした。なかなか早く「」とリアルに接触した人間だと自負しています。

  頭が真っ白になって、焦ります。胸の奥から熱い絶望がこみ上げてきて、肺のあたりを圧迫する感覚は今でも思い出せます。

 

  とにかく、もう全然読めないけど、マグレの変換でこの漢字出てこい!とガムシャラに変換キーを連打しているところに、お母さんが「夏祭りに行くよ」と声をかけに来て、僕は母の顔を見て泣きました。

  それから10年後に、センター試験で最悪の結果を叩き出して、僕はもう一度母の顔を見て泣くのですが、その話は今しなくていい。

 

   泣き腫らした目で神輿を担ぎに行ったため、友達から心配されました。まさか「インターネットに泣かされて…」と説明するのも恥ずかしいので、黙っていましたが。

  屋台の塩辛い焼きそばを食べながら、僕はインターネットへの復讐を、祭囃子に誓うのでした。

 

 

 

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  それから一週間後、当然ですが僕は生きていました。かなり嬉しかったです。

  そうやって日々、インターネットの経験値を積んで、今ではTwitter

 

 

  嘘かホントか分からない、実際のところホントだと思う話を書き連ねているのですから、歳を重ねるっていいことですね。

いいこと。

 

 

  正気か?

  インターネットに詳しくなって、ヨボになって、何がいいことだよ。脳・オメデタ野郎が。

 

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 そんな訳で、僕はインターネットが嫌いです。

  あれ以来、インターネットが一つも信じられなくなりました。

  それが現実にも波及して、人間不信に陥りました。

  結果的にメンタルを病んで自殺してしまいました。

  遺書の1行目には「インターネットが僕を殺した」と恨みがましく書いてあります。

 

 

  だけど不思議なことに、その遺書の最後には「ありがとう」が書いてあるのです。

 

  縦読みすると、「インターネット大好きだよ」のメッセージが浮かび上がります。

  ブラックライトで照らすと、「インターネットに出会えてよかった」と読めます。

  炙り出しで、「インターネット、最高!」と出てきます。

 

  Twitterに会社の悪口を書いて、いいねをもらって笑顔になっていました。

  フォロワーのアイコンと一緒に暮らす夢を見たことがありました。

  はてなブログをみんなに読んでもらって、照れくさくて枕に顔をうずめていました。

  インターネットの誰かは、僕のことを全部受け止めてくれる気がしたのです。

 

  僕はインターネットに、救われていたんだ。

 

 

  最悪の嘘つきはYちゃんじゃなくて、僕なんだよ。

  早く死ななければ

 

 

 

 

 

僕が2ちゃんねるを捨てた理由 (扶桑社新書 54)

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会社に黙って会社を休んだ

 

  会社に黙って会社を休んだ。今日の話。

 

 とにかく会社に行けないほどに追い詰められていた。会社に行こうとすると、眩暈がして足がすくんだ、吐き気がした。

 というわけではなく、僕は至って元気だった、と思う。

 

 つい昨日、22時半に退勤して、家についたのが0時過ぎだったのだが、とにかく疲れていた。特別に疲れていた。それなのに、家の電気が止まっていた。

 電気を払う料金もないほど切迫しているわけもなく、単純に払い込みを忘れていただけだった。早く電気料金を口座引き落としにすればいいのだろうに、その一歩を踏み出すのが億劫で、僕はいつまでもコンビニ支払いの手法を取っている。

 

 実は部屋の扉を開ける前からそんな予感がしていた。特別に疲れ切った頭の中で、多分電気が止まるとしたら今日だろうな、と。悪いことや疲れることは基本的に重なって起きる。

 そしたら扉を開けて、本当に電気が止まっていて、何もかもどうでもよくなってしまった。

 

 天気占い。靴を放り投げて、裏返ったら雨が降る、みたいに、電気が止まったら次の日は黙って会社を休む、と何かのルールで決まっているような、そんな感覚だった。何もせずに、音もない部屋の中で寝て、翌日(つまり今日)の11時に目を覚ました。

 

 そうして僕は黙って会社を休んだ。

 黙ってと書いたが、昼過ぎにFAXだけ流した。「こんな失礼な手段で申し訳ありません。今日は休みます。明日は出社します」とか書いて。

 

 

 繰り返すが、僕は決して追い詰められていなかった。

「新入社員 仕事 辞める」でGoogle検索してヒットするブログの人々は、皆「出社しようとすると足が動かなかった」とか「何でもないのに泣いてしまう」とか書いているので、追い詰められた人間にはそういうことが起こると思うのだが、僕の身には全く起こらなかった。

 

 だけど、正常な判断(正常な判断とは? 何をもって正常なのか分からない。今の僕は果たして異常なのだろうか)ができていないくらいには、ある程度追い詰められていたのかもしれない。少なくとも一か月前の僕は、電気が止まったくらいで会社を休もうとは思わなかっただろうから。

 

 恐らく打算的な意味合いもあったと思う。(恐らく~思うという形なのは、なんで会社を休んでいるのか、自分でもよく分からないから。とにかく分からないことが最近多い)

 と、言うのも、あまりにも職場の人が良すぎるのだ。

 僕はかねてより仕事を辞めたくて仕方がないのに、人が良すぎて「辞めたい」を言い出せない。ただでさえ忙しすぎる部署なので、僕が辞めたことで人徳のある先輩方に、より一層の多忙を強いるのが、考えただけで憂鬱になってしまう。「僕のいなくなった日々」考えて、帰りの電車で泣いてしまった日もある程に。致命的に、辞めるが言い出せない。

 それに重ねて、現在職場が転機にあり、ずっと部署を支えていた重要な一人がもうすぐ、別の部署に異動になる、という難しい時期なのだ。既に引き継ぎなども動き出しており、日々が、職場の未来が、重荷になっている。

 

 打算的な意味合いというのは、この「辞める」を言い出すきっかけを作るという意味。もしも黙って休んだ社員がいたら、何かが起きていると察知してもらえるに違いない。向こうに察しと心の準備があれば、それから「辞める」を言いやすい。

 

 なんて愚かで幼稚な手段だろうか。愚かで幼稚な人間だから、そんなことしかできない。辞めると言うのは一瞬のことなのに、それを躊躇して、本来いらないはずの事態を引き起こしている。まるでいつまでも口座引き落としに変えない、電気料金のように。

 

 余計な心配を職場の人徳ある人々にかけて、先輩が今頃どんな気持ちで仕事をしているのだろう、などと考えて、今は本当に憂鬱になっている。あまりにも罪悪感が酷い。

 罪悪感、というよりもこれは罪悪だと思う。

 インスタントの味噌汁とか、栄養のありそうな食べ物が、たくさん詰まったレジ袋が、家のドアにぶら下がっているのを見て、そう思う。誰が掛けたのかも分からないが、間違いなく普段なら仕事をしている時間帯に、だ。

 

 

 ところで、僕は今日外出をしていた。

 十一時頃起床して、電気料金を払い込み、新宿御苑に行ってきた。(会社を休んで、アニメの真似事をするくらいには明らかに元気なのだ)

 流石に缶ビールとチョコレートを買っていくような真似はしないし、例のベンチに腰掛けることもしなかった。でも、良かった。

 ただ木と草と池を見て、風で舞い散る粒子が何かの種だと観察したり、それが楽しかった。御苑を歩いている瞬間は、暗い感情が一つも存在しなかった。

 そのあとで書店に寄って、誰かの詩集と『氷菓』を買った。

 携帯は一日中「機内モード」のままだけど、いい一日(いい一日 とは)だったと思う。

 

 

 大きく脱線するが、暗い感情について、書いておきたいことが一つある。

 

 先日の日曜日なのだが、僕は生まれて初めて、死にたいと本気(?)で思ってしまった。

 

 僕は本来、脳が「こういう理由があるから死ぬことにメリットがある」と理性的に考えて、心の方が「まあ死にたさもあるけどさ、怖いから死にたくないよね」と言う、脳と心のバランスでやっている。けれどその時はとにかく、凄い衝動で、心の方が「今、死にたい!」と叫んでいて、逆に脳が「いや、流石に死ぬとかまずいでしょ…」とドン引きしている状態だった。

 分からないけど、脳と心が一緒に「死のう」を想った日が、人の自殺する日なんだと思う。

 

 

 死にたくなったきっかけは思いつかないけど、「社会人一年目感想」(今は消してある)を先週書いてみて、改めて色々実感されたことがあったのだろう。あるいは、実家に帰省して、僕が仕事を続ける前提の話しかされないのが嫌だった。もしくは、疲れていて正常な判断ができなかった(分からないことは全部、疲れていて正常な判断ができなかったで辻褄を合わせていこうと思います)。

 

 僕は何よりも、初めて心が「死にたい」と思ってしまったことがショックで、それを今でも引きずっている。あれ以来死にたくないけど、次はいつ「死にたい」が発生してしまうのかと思うと、怖くて胸に穴が開いた気持ちになる。変に胸が軽いような。

 

 これはいよいよマズいのかも、と思い今週中に辞表を提出しようと思っていたのだが、何故か働き始めると死にたくなくなる。

 ひょっとしたら、「死にたい」は錯覚だったのかもしれない。もしくは、考える時間があるから辛くなるのであって、考える暇がないほどに働ければ、永遠に働けるということなのかもしれない。脳が麻痺しているだけで、ひょっとするとあまり元気ではなかったのかもしれない。よく分からない。自分が辛いのかどうかという根本からして、よく分からない。とにかく分からなことが最近多すぎる。

 

 そんなことがあって(?)(文節が適当かもしれない)、Twitterを見たくない。暗いツイートしかできないし、言わなくていいコンプレックスとか書いてしまいそうになる。

 まあ結局こうして暗いブログを書いているけど、永遠に暗いツイートが並ぶより、ブログ一つにシュッと収まった方がマシじゃないですか。

 

 ツイッターは感情を伝えるのに適さないツールだと思う。

 僕がいくら死にたいを感じたって、Twitterに「死にたい」と書いたら「死にたさ加減」が伝わらない。16時にお昼寝して、20時に目が覚めた時の絶望感も、ツイートしたら伝わらない。「20時に起きたんだ」で終わり。

 挙句、暗いツイートが並ぶと、ツイートの向こうにある現実を考えるに足らない人々が、「辛ぶり屋さん」とか烙印を押してくる。押されたことないですが、押される気がしている。

 まあ感情を伝える意味なんてそもそもないのですが、自分の感情を誰かに理解してほしい、という気持ちが人にはあると思う。僕にはある。

 はてなブログだと、どんな感情なのか伝えやすい、気がする。きっちりと「伝えるぞ!」という場が用意されているので、読むほうも、ちょっと身構えてくれるので。

 

 

 僕が今日一日かけて、幼稚な手段で設立したのは、そんな感じの聞き手にちょっと身構えてもらえる場面。「伝えるぞ!」の場面。はてなブログ

 かけまくった心配と迷惑では全く釣り合わない矮小な一場面だけど、ようやく決断の場を作れて少し嬉しい。

 

 明日は誰よりも早く出社して、まず謝りたい。それとお礼を言いたい。それから辞職願を提出したい。

 

 最低限、退職の一か月前に連絡してね、と決まりに書いてあるので、多分五月の終わりには退職できるのかなと思う。

 

 

 提出しないと今日が無駄になるので、がんばれ!

 

みんなも色々がんばれ! みんなって誰だか分からないですが。

 

 

書きたいことを書いていたら滅茶苦茶になっちゃったよ。正気に戻ったら消そう。

雛鶴あいちゃんの人生―『りゅうおうのおしごと!』第3局

 

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   『りゅうおうのおしごと!』3話「研修会試験」を見た直後に、感動でこれを書いています。

 

 

 

 

    『りゅうおうのおしごと!』3話「研修会試験」を見た僕は、本気で泣いてしまった。

 

 

 産声の比ではない。

 

  なんで泣いているのか理路整然と書くのが難しいのですが、つまるところ涙を流すというのは何かが心に響いた証です。

  りゅうおうのおしごと!』3話が心に響いた。

  その「響き」を、なんとか整理して書きたい。

 

  言っておくと、今回はマジです。

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・「女流棋士の地位は非常に不安定とか」

 

   2話の終盤、雛鶴あいちゃんの親御さんが、九頭龍りゅうおうの元にやってきて、娘がプロ棋士を目指すことに反対しました。

  

  勝手に家を出て行った雛鶴あいちゃんですから、当然親が納得するわけないですし、「あいちゃんが全勝できたらプロ棋士を目指して良い」 という流れも、「そういう展開ね」と笑って見ていました。「頭の硬い親を、凄い将棋で分からせる」展開。

  将棋や親の部分を他のものに置き換えて、様々な物語で見てきた気がします。

 

   しかし僕はこの2話の時点で、「アニメっぽい展開」の上っ面を舐めているに過ぎず、裏に潜んでいる「現実」を考えることが出来ていませんでした。

 

 

  あいちゃんのお母様は言いました。

 

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女流棋士の地位は非常に不安定とか

 

  そこで九頭龍りゅうおうは「あいさんには圧倒的な才能があるので、間違いなくタイトルホルダーになれる」と説明し、未来に心配は必要ないと説きます。

 

  しかしそれを聞いてなお、お母さんは食い下がります。「これまでに弟子を育てたことはありますか」「先生は、本当に娘を女流タイトルホルダーにまで育てることができますか

  それから紆余曲折あっての、「試験で全勝したら認めましょう」の言葉。

 

  ここで一貫しているのは、当然ですがお母様の「娘を想う気持ち」です。流れが見えている視聴者的には、「頭の硬い親を分からせてやれ!」という気持ちですが、冷静に考えて、お母様が言っているのは至極真っ当なことなのです。

  

 

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 雛鶴あいちゃん、9歳

  まだ産まれてから一桁の時分、皆さんは何をしていましたか?  

  僕は当時読書に夢中だったので、『ダレン・シャン』とか『バーティミアス』とか『セブンスタワー』とかを読んでいました。当然『デルトラクエスト』も『ハリーポッター』もね。

 

f:id:sasatanwwwww:20180125022234j:imageお気に入りは『バーティミアス』です

 

  オタクの皆さんにおかれましても、「ゲーム」か「読書」か「お絵描き」だと思います。

  

  中には、将棋をしていたオタクもいるかもしれません。「実質姫鶴あいちゃんなんだが」とか言っているオタクが、多分Twitterにいる気がします。

  しかし、姫鶴あいちゃんの将棋とオタクの将棋とでは、全くワケが違います。

 

  だって、9歳でりゅうおうに弟子入りして、女流棋士を目指すって、これから先の人生が、9歳の時点で決まってしまうということじゃないですか。

  僕は「やりたいことを探す」という気持ちで、大学にまで通って未来を先延ばしにしているのに、姫鶴あいちゃんは、今後何年続くか分からない人生のレールを、たった9歳で、敷こうとしているんです。たったの9歳で

  

f:id:sasatanwwwww:20180125022318j:image(画像は9歳よりも幼いシャロちゃんと千夜ちゃんです)

 

  これには親御さん、反対して当然です。

  姫鶴あいちゃんはどうぶつの森』の村の名前を決める感覚で、"したいよう"に"している"だけかもしれませんが、そうやって決めてしまった人生と、生きている限り向き合い続けなければなりません。

  僕が小学生の頃に名付けた「ときオカ村」(当時、『ゼルダの伝説時のオカリナ』が本当に好きだった)だって、今見ると「」と思います。

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(参考画像:『ゼルダの伝説時のオカリナ』)

  明日にでも変わるかもしれない9歳の幼心には、そういうリスクだってあるのです。

  その上、たとえ変わらなかったとして、待っているのは強固な石橋ではありません。

  ボロボロの吊り橋なのです。

  親御さんがストッパーにならなければ、姫鶴あいちゃんは1人でどこまでも行って、手遅れになってから後悔するかもしれません。

 

  お母様の執拗なまでに冷ややかな姿勢も、至極真っ当で大切なことなのです。「全勝」くらいできなくては、娘に吊り橋を渡らせたくないのです。

 

 

  ここまで普通に考えたら分かる事なのですが、僕は全く分かっていませんでした。アニメへの「慣れ」が、「アニメ内の常識」を作り上げて「現実」をどこかにやってしまうのです。

 

  

・「あいのために、人生かける覚悟がありますか」

 

  上記の現実にようやく気づいたのが、3話。

  なんで突然そんなことに気づいたのか忘れましたが、お母様の現実を見据える視線が、僕にも現実を見せたのかも知れません。

  あるいは、雛鶴あいちゃんの読みの深さが、僕にも影響を与えたのかも知れません。

 

  

 

 紆余曲折あって、予定調和的にお母様が「雛鶴あいちゃんの弟子入り」を認めた3話。

  最後にお母様は言います。

 

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もしもあいが中学を卒業するまでに女流タイトルを取れなかったら、先生にはウチに婿入りしてもらいます

 

  この展開の、現実とアニメ的常識の入り交じり具合、伝わりますか?

 

  小学生に婿入りという字面は、如何にもアニメですし、先生の年収を聞くなどの行為も相まって、ギャグめいて見えました。

  しかしそこに宿る圧倒的な現実感

 

  不安定な地位たる女流棋士を目指し続けたとして、雛鶴あいちゃんの未来はほぼ暗闇です。将棋にかまけて勉学も疎かにするでしょうから、人生は穴だらけになります。

 

  しかもこの場面、九頭龍りゅうおうの方から

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あいさんを弟子に取らせてください」とお願いしているのです。

  つまり、雛鶴あいちゃんを、暗闇へと誘っているのです。

  それならば当然、穴に落ちれば結婚してでも、弟子の人生の責任をとるのが男の矜恃。何も突拍子な話ではありません。

  お母様がはしたなく年収を聞いたのも、九頭龍りゅうおうに責任を取るだけの度量があるかを判断するには、当然の行いです。

  

  また、「中学生までに」という年齢制限も現実をよく見据えたところ。中学生ならまだ若さ半ば、挽回が効きそうな気がします。(具体的な人生設計が分からないので、曖昧なことを言っています)

 

 

  極めつけは、最後の最後のお母様の一言。

 

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あいのために、人生をかける覚悟がありますか

 

  これがずっしりとくる、本当にいい台詞。

 

  全部伝わってくる。

 

  雛鶴あいちゃん9歳を弟子にとるということは、その人の未来を預かるも同然。相手の人生を、全部背負う覚悟が必要なのです。

  10000通り以上ある雛鶴あいちゃんの未来、可能性を全部むしり取って「将棋」にするのですから、むしろ九頭龍りゅうおうの人生1つでは足りないくらいです。

 

  それをお母様は、雛鶴あいちゃんの気持ちと、九頭龍りゅうおうの気持ち、自分の気持ち、夢、現実、と全てを天秤にかけて、結果雛鶴あいちゃんの弟子入りを許しました。

  現実的に考えて最善の予防線を張って、なおかつ、娘の背中を押したんですよ。

 

  これ以上の落とし所、ありますか?  

  本当に完璧な結末です。本当に最高のお母様です。

 

  

  個人的には、雛鶴あいちゃんが家を出る前の晩の、お母様の表情が見たいと思いました。

  きっと最愛の娘の前では少しも顔を歪めずにいて、晩御飯には大好きな蟹をいっぱい用意して、そっと娘の旅立ちを見守った後で、たくさん泣いていると思います。

   可愛い盛りの娘さんと離れるのは、親御さんにとって早すぎる別れです。

 

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全然いい親子のカットがないので、これになりました。

 

 

  僕の胸を打ったのが、この一連の圧倒的な、そこにある現実。ご両親の雛鶴あいちゃんを想う気持ち、横たわる現実、雛鶴あいちゃんの気持ち、9歳でこれからの人生を決めてしまう現実、九頭龍りゅうおうの気持ち、見えている夢。

 

  これら全部に気づいた途端、一斉に殴られて、胸がいっぱいになってダメでした。

  時間を止めてえっちなことをして、時間が動き出すとともに蓄積された感覚が押し寄せるタイプのエロ漫画と同じことが、感動になって僕の身に起こりました。

 

  『りゅうおうのおしごと!』、凄すぎです。

  

 

※追記※

 肝心なことを書き忘れていたので、ここにちょっと書いておきますが、雛鶴あいちゃんの「諦めない心の頑張り」が良かったのは言うまでもありません。

  その場面がトリガーとなって、様々なことに想いを馳せた気もします。

  感動が感動を呼ぶ、感動の連鎖。

  「言うまでもありません」と書いたので、もう言わなくていいよね。寝かせてくれ。

 

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  これは反省なのですが、僕は今回の一件で、アニメのパターンに嵌められて現実が見えていないことを思い知らされました。

  「幼女」とか「日常系」とか「異世界モノ」とか、全部を既存の「お約束」に括って、そこにある大切なモノを見落としていました。

 

  それを『りゅうおうのおしごと!』が気づかせてくれたのは、多分偶然で、恐らくアニメというのは似ているようで全部違って、それぞれに特有の「現実」が宿っているんだと思います。

  

 それでも僕にとっての『りゅうおうのおしごと!』が、記念すべきアニメであることに違いありません。ありがとう、『りゅうおうのおしごと!』。

 

 

 

  ところで社会人1年目の僕は、未だに人生が定まっていません。今年で会社を辞めるとして、どうしようか考えています。

  雛鶴あいちゃんは9歳なのに偉いね。

 

 

  偉いよ

 

 

 

 

~fin~